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国の控訴断念を受けて原告団記者会見

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原告団は涙ぐみながら、記者会見で喜びを語った。
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記者会見で涙を流す、西トキエさん(71)。
[写真:茂木 亮]

2001年5月23日19時

谺雄二さん(69)

今日私どもは、本当に追いつめられたような気持ちでいました。政府の方針は控訴に固まったという報道がされており、しかし弁護士の先生に励まされ、まだ可能性があると激励を受けてきました。その結果、大きな成果を生むことが出来ました。これもすべて私たちの運動を心から支えてくださった弁護団、この判決を目前に私たちを勇気づけてくださった多くの国会議員のみなさん、ほんとに肉親のように支え続けてくださった全国の支援する会のみなさん、さらには控訴阻止の闘いの中で、一緒に闘おうという諸決定をしていただいた全療協の会長、副会長、そして今日まで一緒に行動してくださった各支部長のみなさん、そしてなによりもこの訴えを支持し励まし続けてくれた日本全国の国民のみなさん、本当にありがとうございました。
わたしは今一つ一つ言葉を選びながらお礼を申し上げたいという思いでいっぱいですが、その中で、これほど私たちのこころをお伝えするのにこれほど至らないご挨拶はないと、自分を情けなく思っています。それほど私たちの思いは、大きくて深くて高いものなのです。ありがとうございました。
さらに東京、岡山の裁判がありますし、また政府、国会に提出しています
「全面解決要求」の問題があります。これらの問題を、弁護団の先生方と支援の方たちに支えられながら解決していきたいと思います。本当に今日はありがとうございました。

堅山勲さん(52)

本当にありがとうございました。判決が出てから今日まで永い永い日々でした。思えば当初13名で始めた裁判が、現在1700人以上ものみなさんが原告に加わってくださり嬉しく思います。少数で始めたので最初は、苦しい苦しい闘いでした。しかし原告のみなさんが続々と出てきてくださった。そのことだけで私たちはほんとに嬉しいです。西日本原告団の会長らにもこの場に立たせて上げたかった。

宇佐見治さん(74)

瀬戸内原告団を代表しましてお礼を申し上げます。瀬戸内3療養所は、伝統を持った隔離政策のメッカということもあり、なかなか訴訟団に結集する人たちが少なかったのですが、多くの方の支えによって今日の嬉しい日を迎えることができまして、ほんとにありがたく思っています。ただ感謝するばかりです。私たちの長い間の苦しみと、差別と偏見の中で闘ってきた者にとって、今は亡き2万3千5百人余の病友、3千5百の水子として殺されていった赤ちゃんのことを思うと断腸の思いであります。残された人生を人道に対する罪に対してあくまでも闘っていきます。

國本衛さん(74)

今日の報道に接しまして、私はいま自分の人生の甦りを覚えました。実に60年かかりました。60年もの間、私は人間扱いされずに来ました。今日私は総理大臣の前で、「国民の支持率が80%いっているけれど、国民に背を向けるようなことはしないで欲しい」そう訴えてきました。私たちは、今回マスコミの報道によって知らされた「まさかこんなことは?」という、それほど厳しい環境の中に置かれてきました。原告になって、園内からも寮友からも大変な誤解を受け、非常に苦しい思いをしてきました。困難な闘いの日々でした。しかしながら弁護団の知恵を絞るような闘い、支援者の全力を尽くしての支援、議員懇談会の先生が何度も政府に要求してくださいましたこと。私はいま万感の思いで胸が詰まっております。みなさま方の応援、支援、本当にありがとうございました。

溝口製次さん(66)

訴訟を起こしたときの記者会見は、本日のような祝福されるようなものではありませんでした。どこに行っても、非難の目で見られるような日々が長く続きました。しかし私たちは正しい、と思ってきました。みなさん方にご支援いただき、今日のような日が必ずくると確信を持って進んで来ました。この世に正義が報われるとすれば、命ある限り闘っていきたいと思っています。

西トキエさん(71)

本当にありがとうございました(涙)。言葉になりません。本当にありがとうございました。

森元美代治さん(63)

安部英、HIVの被告が無罪になった。もしかしたら司法には、良識も正義もへったくれもない、(あの日は)そんな思いでした。しかし、5月11日、日本の裁判所にも良識があった、正義があった、そう思いました。ところが新聞は当初、控訴断念という報道をしながら、(途中で)いや控訴だというふうに変わって、今朝まで不安でした。私はこの勝利は、良識ある日本国民の勝利だと、そう思っています。この勝利こそ、実は人権差別に苦しむ人たちの闘いのはじまりと捉えるべきだと思うのです。ですから、この控訴断念は、日本のあらゆる偏見・差別問題の中の大きな第一歩として位置付けて、みんなでほかにも苦しんでおられる方がたくさんおります。がんばりましょうと言いたいです。どうもありがとうございました。

千葉龍夫さん(61)

愛生園のみんな、やったぞー!
ヨタモノばかりでも力はあるんじゃ!
明日から人間として堂々と歩いてゆける。ようやく人間になれました。皆さん本当にありがとうございました。みなさん一人一人に感謝を申し上げたいです。今日、小泉総理に会いに行きました。本当に小泉総理は大した人です。人間の熱い血が流れているんだと、つくづく感じました。本当にこれで明日から我々は人間として生きていくことができます。

知念正勝さん(67)

この今日の喜びを、沖縄県で最初にのろしをあげたひろし君、ひろし君のことを思いますと、本当に無念でなりません。しかし、勝ちました。きっと彼も天国で喜んでいるだろうと思います。皆さん本当にありがとうございました。これからもいろいろと闘いは続くでありましょうから、これまでより以上のご支援よろしくお願いします。どうもありがとうございました。

日野弘毅さん(67)

去る11日、熊本地方裁判所で判決が出ました。ここで私の喜びを、この詩を、もう一度ご紹介申し上げます。

太陽は輝いた。
太陽は輝いた。
90年、長い長い暗闇の中、
一筋の光が走った。
鮮烈となって
硬い岩をも砕き、
光は走った。
私はもううつむかないでいい。
市民の皆さんと光の中を
胸を張って歩ける。
もう私はうつむかなくていい。
太陽は輝いた。

どうもありがとうございました。

西村時夫さん(58)

静岡の駿河療養所の原告です。全療協の方々と、この場で喜びをともに分かち合えるという、それで胸がいっぱいです。これは終わりではありません。これから一緒になって闘いがはじまります。原告の方々と全療協が手を取り合って、全面的な解決のために努力したい、そう思ってます。悲惨な病気はこれからもあるかもしれませんが、悲惨な政策は私たちを最後にしていただきたい、そう思います。どうもありがとうございました。

國本美代子さん(75)

多くの皆様方の熱いご声援をいただき今日の控訴断念を勝ち取ることができました。本当にありがとうございました。

金城幸子さん(60)

私が2歳、兄が5歳の時、両親と引き離されました。今日この喜びをですね、弁護士、国会議員の先生方、目の前のメディアの皆さん方に、心から感謝をしております。今日のこの喜びを皆さんと分かち合えたことを一生、一生忘れることはないでしょう。本当にありがとうございました。

森田隆二さん(52)

原告団のみなさんと共に、弁護士の先生方や多くの仲間に助けられ、また(奄美和光園のある)名瀬や鹿児島においても支援者に支えられながら、今日のあることを信じてきました。正しい判断は必ずあると思ってやってきました。和光園でも2名の原告が亡くなりました。帰りましたら、墓前に報告したいと思います。

全療協 高瀬重二郎 会長

これで控訴はしないということになりました。けれども、この判決をどのように認識して、どのような全面解決に向かうのか、ということが残るわけです。(今後は)支援していただいた多くの皆様にも、国会の先生にもご指導いただき、全面解決に向かいたい(そう思っています)。

全療協 神美知宏 事務局長

療養所の厚い壁の中で亡くなっていった人が23700人余。この人たちは、果たしてどういう思いを、どういう無念の思いを抱いて亡くなっていったでしょうか。そういう方々に対してこのたびの判決は、そして控訴断念の決定は、何よりの鎮魂の歌になったと私は思いました。
私たちの会員の中で、同じ釜の飯を食い、同じ壁の中に囲まれておりながら、原告として闘ってまいったのは、まだ、50%に達していませんが、原告に加わっていない全療協の会員が、この事態をどのように受け止めているのであろうか、ということに思いを致しております。
家庭の事情があって原告に入ることができなかった、自分が偽名を使って療養所に暮らして、残り十年しかなく、その十年をひっそりと終えれば,家族は救われる、そういう思いをもって今まで生きてきた僚友がたくさんおります。
私も家族が、この判決や政府の決定をどういう思いをもって聞いたであろうか、どういう思いでテレビを見ただろうかと思っております。
私の生まれ故郷は北九州で,遠いのですが、家族は何の声も発せず,隠れるようにして暮らしている、それは私だけでなく療養所に入ってるみんなに言えることだと思います。私たちだけがここにきて初めて人権奪還を成し得たというふうに(皆さんは)考えておられますが、それは家族にとっても,そういう思いに今とらわれているのでは、と私は思っています。これからは家族も、私たちも心の扉を精一杯開いて・・・
先ほど隣の方が、これからうつむいて歩かなくてもいいというふうにおっしゃいました。それは私たち全員の家族も同じだろうと思います。そのように重い意味を持った判決であり、控訴断念だったと思います。私はしっかりこの裁判の闘いの総括をしなければなりませんし、明日からまた新しい闘いが始まると自覚しております。
私達の組織ができてから、今年でちょうど半世紀五十年を迎えました。これほど大きな転換期の年はないと思っています。したがって新しい世紀を、五十年経過したけれども、また新しい年がやってくる。その年に向って闘い続けなければならない。私たちの小さな叫びが日本の社会を少しでも前進させていくことができるように。
今度の裁判もただ単にハンセン病だけの問題というふうに矮小化して考えるべきではありません。今後の医療と人権、そういうところに結び付けて、私どものこの裁判が原点となって、日本全体の病気で苦しんでいる皆さん方が新しく勇気をもって立ち上がれるようなきっかけになれば、これに勝る喜びはありません。
そういう意味では、私たちは十分なことをなしえたとは思っているわけではありませんが、生きていて良かった、裁判をやって良かった、という状況を作り出してからでないと死ぬわけにはいかないと思いながら、今日まで生きてまいりました。
これは単にハンセン病関係者の闘いではなく、国民の闘いになって初めて大きな成果がもたらされると私は思います。ありがとうございました。

記者会見後、会場でのインタビュー

山下道輔さん(71)

国が控訴を断念したということで、過去の行政の良くない部分を認識してくれたこと、これから国を背負っていく政治家が間違いは間違いとして受け止めることができたということに、これからの望みが持てる。将来に向けて明るい光を放った感じだ。それを裏切らない首相であり続けてほしい。
(控訴断念は)いい流れだね。時代のひとつの流れが、新しい人材によって、新しい日本の道を、今切り開いているような感じがする。

[2001年5月23日]

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