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ハンセン病療養所医療過誤訴訟 判決要旨

2005年1月31日、判決言渡

平成15年(ワ)第8896号 損害賠償請求事件

被告 国

請求額 5000万円

結論 全部認容

主文

1 被告は原告に対し、5000万円及びこれに対する平成15年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決の第1項は,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することができる。

事実及び理由の要旨

第1 事案の概要

本件は,ハンセン病の患者であった原告が,昭和56年ころから平成4年ころまでの間に被告の開設する国立療養所多磨全生園(以下「被告療養所」という。)の担当医師らから受けた診療に過誤があったために,後遺障害を負ったなどと主張して,被告に対し,診療契約の債務不履行,不法行為(使用者責任)又は国家賠償法に基づき,逸失利益等の損害のうちの一部についての賠償を求める事案である。

第2 主な争点

(1)被告療養所の担当医師らの原告に対するハンセン病の診療に過誤があったことによって原告に損害が生じたか否か
※原告は,昭和55年4月24日から昭和60年10月25日までを「第1期」,昭和60年10月26日から平成2年4月24日までを「第2期」,平成2年4月25日から平成4年10月27日までを「第3期」とした上で,各期ごとに被告療養所の担当医師らの診療上の過失を主張するので,この時期区分を用いる。
(2)原告の損害賠償請求権についての消滅時効の成否

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(被告療養所の担当医師らの原告に対するハンセン病の診療に過誤があったことによって原告に損害が生じたか否か)について

(1)第1期の診療について

ア 第1期における原告のハンセン病の再発の有無
昭和56年の夏ころ以降に原告に現れた症状(鼻の周囲の突っ張り感,顔面神経痛,顔面及び左腕の筋力低下等)は,その性質及びその後の経過に照らすと,ハンセン病(LL型)の再発によるものであったと認められる。
ところが,被告療養所の担当医師らは,原告の症状を再発ではなく境界反応と診断した。

イ 被告療養所の担当医師らの診断上の過失の有無
再発と境界反応とは,細胞性免疫の作用の点で正反対の機序に基づいており,その治療には全く逆の考慮が要求されるから,患者の症状が再発と境界反応とのいずれによるものであるかを鑑別しない限り,正しい治療を行うことは不可能である。
そして,再発と境界反応との鑑別は,らい菌の検出の有無によるべきであるが,再発の場合,初期には正常に見える皮膚からも菌が検出されることがあるので,らい菌の検出のためには,皮疹部のみならず,末梢神経症状が現れている部位からも組織汁を採取して塗抹菌検査を実施する必要がある。
ところが,被告療養所の担当医師らは,昭和59年5月8日ころまでには,原告がハンセン病を再発していることを疑い,塗抹菌検査を実施していたものの,末梢神経症状が現れていた原告の顔面から組織汁を採取しなかった。
原告は,昭和56年の夏ころ以降,ハンセン病を再発し,顔面に末梢神経症状が現れていたから,仮に被告療養所の担当医師らが原告の顔面から組織汁を採取して塗抹菌検査を実施していたならば,原告にハンセン病が再発していることを正しく診断できたものと考えられる。

ウ ハンセン病の再発の診断がされていた場合の治療内容
原告は,第1期以前に,抗ハンセン病剤であるDDSの単剤投与を受けていたが,DDSを長期間にわたって単剤で投与するとDDS耐性菌が出現することは当時既に指摘されていたのであるから,被告療養所の担当医師らとしては,仮に原告のハンセン病の再発を診断していたならば,原告に対してDDS耐性菌が出現していることを念頭に置いた治療を行う必要があった。
そして,当時は既に,日本国内においても,DDS耐性菌に対していずれも抗ハンセン病剤であるクロファジミンやリファンピシンの投与が行われており,とりわけリファンピシンについてはその優れた治療効果が報告されていたから,原告に対しては,少なくともリファンピシンを投与するべきであった。

エ 適切な診療がされた場合の予後
第1期における原告のハンセン病の症状は,かなり初期のものであったと認められるから,リファンピシンのらい菌に対する有効性からすると,仮に第1期の時点で原告に対してリファンピシンの投与がされていたならば,原告のハンセン病はその病勢を進行させることなく,後遺障害を全く生じさせずに治癒に至ったものと認められる。

オ 小括
以上によれば,被告療養所の担当医師らには,遅くとも昭和59年5月8日ころまでには,原告にハンセン病が再発していることを適切に鑑別した上で,その治療のために,少なくともリファンピシンの投与を実施すべき義務があったところ,原告の症状が再発と境界反応のいずれによるものであるのかの鑑別診断を尽くさず,原告に対してリファンピシンの投与を実施しなかったのであるから,診療上の過失があったといわざるを得ず,これによって原告に生じた損害について,被告は不法行為(使用者責任)に基づく墳害賠償責任を負うものというべきである。

(2)第2期,第3期の診療について

ア 第2期における診療上の過失の有無
(ア)被告療養所の担当医師らは,昭和62年5月11日に原告が被告療養所に入室したころになって,ようやく原告がハンセン病を再発していると診断したが,昭和50年代には既に,WHOによってDDS耐性菌への対策としてMDT(DDS,クロファジミン又はリファンピシンを併用する療法。複数の抗ハンセン病剤を併用することにより,特定の抗ハンセン病剤に耐性を持つ菌があっても他の抗ハンセン病剤で対応することができる。)の採用が勧告されており,日本国内でも知られるようになっていたから,被告療養所の担当医師らとしては,原告にハンセン病が再発していると診断した以上は,MDTやMDTの理念を踏まえた複数の薬剤の併用による治療を行うべきであった(とりわけ,ハンセン病(LL型)は,らい菌に対する細胞性免疫が機能せずにらい菌が増殖した場合の病型であり,皮膚症状や末梢神経症状はらい菌の増殖に由来するものであるから,抗ハンセン病剤の投与なしには,その症状の根本的な治療はできない。)。
(イ)ところが,被告療養所の担当医師らは,原告に対して,昭和61年10月17日にDDSの投与を中止したまま,第2期を通じて抗ハンセン病剤を投与することをしなかったのであって,これはハンセン病の治療の放棄に等しいというべきである。
また,その一方で,被告療養所の担当医師らは,原告の末梢神経症状に対してステロイド剤であるプレドニンを継続的に投与したが,プレドニンは免疫機能抑制作用を有しているから,これをらい菌に対する細胞性免疫が機能せずにらい菌が増殖している状態にあった原告に継続的に投与することは,むしろハンセン病の進行を促進する行為であったといわざるを得ない。
(ウ)以上によれば,第2期における原告のハンセン病の再発が診断された後の被告療養所の担当医師らの診療行為は,末梢神経症状への対症療法に終始し,原因疾患に対する一切の治療を怠った(さらに,対症療法自体が原因疾患を悪化させることになった。)ものであって,およそ合理性がなく,被告療養所の担当医師らに診療上の過失があったことは明らかである。
(なお,第2期当時,世界的には,化学療法の基本原則は感染源の排除であって,らい反応時であってもDDSの投与を中止すべきではないとの見解が広く知られるようになっていたにもかかわらず,日本においては,抹消神経症状が現れた場合には抗ハンセン病剤の投与を中止し,ステロイド剤を投与すべきであるとして,対症療法を採用する医師が依然として存在したことについては,らい予防法が国立療養所に日本におけるハンセン病の診療活動をほぼ独占させたことにより,日本におけるハンセン病医学の研究及び診療が,外部からの批判にさらされる機会や、新しい情報を積極的に取り入れる機会の乏しい閉鎖的な環境の下にとどまった結果,その歩みを停滞させてしまったという法制度に由来する構造的な問題がその背後に横たわっていたものと考えられる。)

イ 第3期における診療上の過失の有無
(ア)被告療養所の担当医師らは,原告に対して,第3期の大半の期間を通じて,クロファジミンの単剤投与を行ったものであるが,当時は,ハンセン病に対する治療としてMDTを実施するのが原則であったし,クロファジミンは,らい菌に対する殺菌効果が弱いとされているから,極めて重度のらい反応が予想される場合などに期間を限定して単剤投与をすることはあっても,原則として他剤と併用されるべきであった。
(イ)したがって,被告療養所の担当医師らには,原告に対して長期にわたってクロファジミンの単剤投与を実施した点で,診療上の過失があったというべきである。

ウ 小括
以上によれば,本件は,第1期における被告療養所の担当医師らの診療に過失があったために原告に損害が生じたというべき事案であるが,第2期,第3期においても,被告療養所の担当医師らの診療には過失が認められるのであって,原告に対する医療過誤は第1期から第3期まで途絶えることなく続いていたものといわざるを得ない。

2 争点(2)(原告の損害賠償請求権についての消滅時効の成否)について

(1)消滅時効の成否
不法行為に基づく損害賠償請求権について,民法724条にいう損害及び加害者を知ったときとは,被害者において,加害者に対する損害賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知ったときを意味すると解されるところ,ここでいう損害とは,他人の不法行為によって発生した損害を指すから,損害を知ったというには,単に結果として損害が発生したことを知るのみでは足りず,加害行為が加害者の故意又は過失に基づくものであること及び加害行為と損害発生との因果関係の存在の認識をも要するというべきであるが,被告が時効の起算点として主張する平成4年10月27日の時点においても,平成9年ころの時点においても,原告が,被告療養所の担当医師らの診療内容について,被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することが事実上可能な程度に過失の存在を認識していたとは認められない。

(2)権利濫用
被告は,明治40年の「療予防二関スル件」以降らい予防法が廃止される平成8年に至るまでの約90年間にわたり,被告の開設する国立療養所に大部分のハンセン病患者を集め,法的な強制力を背景に,結果として日本におけるハンセン病の診療活動をほぼ独占するに至ったものであり,らい予防法が廃止された現在でも,国立療養所が数少ないハンセン病の専門的な診療機関である状況は依然として続いている。
そして,原告は,平成9年ころおおむねその症状が固定したとはいっても,被告療養所における医療過誤の結果,重大な後遺障害を負い,その後も終生にわたりハンセン病の治療を必要とする状況にあるため,被告の開設する療養所での診療を受けるほかはない状況に置かれている。
こうした状況の下において,被告の過去の診療行為に過誤があったと主張して被告に対する法的請求に及ぶことを一介の患者に過ぎない原告に期待することは困難を強いるものというほかはない。
また,強制隔離主義を採用したらい予防法等の法制度の下で,ハンセン病患者及び元患者に対するいわれのない差別や備見が助長されてきたものであり,現在なお社会の随所においてハンセン病患者及び元患者に対する心ない差別や偏見が根強く残り,社会生活を送る上でも様々な障害に遭遇しているという目を背けることのできない現実もあるのであって,このような状況の下で,原告が,不当な差別や偏見にさらされることを覚悟しながら,被告に対して損害賠償請求に踏み切るという当然の権利行使に及ぶことすら,なみなみならない決意に基づくものであったであろうことは,容易に想像し得るところである。
こうした事情に照らすと,原告の被告に対する不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間が仮に形式的には経過しているとしても,原告が消滅時効の期間内に被告に対する損害賠償を請求しなかったのは,権利の上に眠っていたからではなく,らい予防法のためにハンセン病の専門的な診療が事実上被告にほぼ独占され,また,ハンセン病患者及び元患者に対する差別や偏見が助長された結果によるものというべきであって,そうであるならば,そのような状況を生み出す基となったらい予防法等の制定主体そのものである被告が,原告の損害賠償請求権の消滅時効を援用することは,時効制度の趣旨に反するものとして,権利の濫用に当たるというべきである。

(4)以上によれば,平成4年10月27日又は平成9年ころを起算日とする不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の主張には理由がなく,被告は,原告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任を負う。

※ 損害額について

被告療養所の担当医師らの診療上の過失により,原告は,全指址の短縮,屈曲,ほぼ全身の知覚麻痺,兎眼等を含めた顔面醜状等のハンセン病特有の後遺障害が生じるなどの損害を被ったものと認められるが,これについて,(1)休業損害及び逸失利益,(2)入通所慰謝料,(3)後遭障害慰謝料を算出し,合計すると,その額は7647万8532円となり,原告の請求額を超えるから,原告の請求をすべて認容する。

[2005年2月4日]

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